「授業」と「総合」と「探究」のあいだに立つこと

「総合」や「探究」など、ある概念的な言葉の意味を使用した教育事例のバッドケースのみ取り上げていき、「この概念に基づく実践はおしなべて悪い」と判断するケースは総合の時にも起きていたし、いまは忘れ去られているかもしれないけどかつては「授業」という概念にも同様のことが起きていたことを思うと、歴史は立場を変えて繰り返していくものなのだろうかと力を無くす。

授業も総合も探究も、ある典型的な型として理解すると一面的に消費され、一面的に批判されるものになる。それらの言葉を多様な実践を拓いてきた理念として理解することが重要だと思う。事実、双方の思想は対立するものでもなければ矛盾もせず、相互に補い合えるものだ。

そうした補完的な関係性が可能であることは過去にも現在にも国内外の実践が示している。いまも伴走している公立小や私立校の先生方の実践は、双方のあいだにたちながらバランスをとって、すでに多くの知識を持つ子どもたちとともにしなやかに時を過ごしている。こうした稀有ながら豊かな実践が、学校内外の世論によって左右されてしまうことを、何よりも危惧する。

そのためにも、ひとは何も知らない白紙のようなものだから精確に知識を印刷術のように伝達しなければならないと考えた近代の過ちを経て、戦後の認知科学の進展を通じて(これまで知能遅滞とみなされてきた人々を含め)すでに人は生活の中で多くの素朴な観念を保持しており、個性的な認知機能と多様な身体を伴った個々の観念を繋いでゆく「図式」の洗練と概念形成を可能にする知的で情緒的な活動の支援へと、自身の過ちを見直してきた学術の歴史を踏まえながら、

そうした知的で情緒的な活動の支援にむしろ適合的な実践が、例えば過去の時代にも目立たないながら存在していたことを史実や事例の発見とともに見返しつつ、それらを参照しながらいまともに創り上げていくような教育実践史を踏まえた実践の創造ができるようにしたいと思う。

クリミア、ウクライナのこともあり、気力がかなり落ちているなかで、所用でデューイの『経験と教育』、フッサールの『イデーンI』を読んでいる。今なお誤解に晒される両書。進歩主義と伝統主義の対立の間にたとうとしたデューイも、経験主義、心理主義、反心理主義(観念論)の対立の間にたとうとしたフッサールも共に大戦と論難を経験しているが、今の有り様を観たら同じことが人と言葉を変えて繰り返されていると思うかもしれない。

どちらの側であっても、意識的に間に立つということは、双方の視点を受け入れつつ双方の一面性を批判しながら、より具体的で多面的な視点を獲得できる方向を探ることだと思う。間に立つことはその意味で危険だ。いつでも双方から糾弾される恐れがある。橋渡しの存在になる可能性もあるけれど、こいつは敵か味方かという議論をふっかけられれば、一番居所の悪い存在になるためだ。

それでも、きっと間に立たねばならない。うちらと奴らの間に立つことでしか見えてこない現実の歪みがある。子どもと大人、教育と社会福祉、郊外と首都圏、民と官。そうしたさまざまなあいだのなかに置き去りにされ見過ごされてきた人々の現実的な痛みや悲しみを引き受けていかなければ、結局、双方の利害を押し付け合う現実を見据えられるような冷えた視点はえられず闘いは終わらない。

これを書きながら、堀江敏幸さんの初期作『郊外へ』のなかの「灰色の血」と題された一章のことを思い返していた。

郊外団地に住まう移民の子どもたちが、ローリングストーンズなどの伝記を執筆した作家フランソワ・ボンの文章教室を通じて、技術的な修正を受けつつも、自身の生活する郊外の街の現状について既存作品の言葉を転用しながら書き出していったことについて触れられているのだが、この教室で生まれた出来事を文学の「授業」と呼べばよいのか、社会課題につながる「総合」と呼ぶ方がよいのか、個々人で行った「探究」と呼ぶべきなのか、それは技術論的にはうまく形容できないことだと、きっとお読みいただいた方は思うことだろう。

自身を正当化しつつ、相手を糾弾する言葉をつくることはたやすい。その前に、その「あいだ」に立つことができることはないか考えていかなければ、私たちは容易にいくつかの言葉の間に微塵の隙間もないか異世界よりも遠い距離があると思い込んでしまう悪癖を持つからこそ、気をつけていかねばならない。

伝統的評価観とその苦痛の表現/「ロストワンの号哭」「廻廻奇譚」「ぜんぶあんたのせい」

小学生時代には12chのアニメに浸り、ボカロ黎明期にはボカロ曲を追い、カラオケで歌いまくっていた学生時代を経験してきた身として、学校教育関係者にはぜひサブカルチャー楽曲を学校のなかで児童生徒や教師が感じている「全体論的苦痛」の表現として一度聞いてみてほしいと願っている。

「全体論的苦痛」(holistic pain)というのは、生理的な苦痛だけでなく、生きる意味の喪失などのいわば哲学的な苦痛も含む、痛みに対する包括的な概念のことで、要素としては身体的、心理的、社会的、精神的苦痛からなるとされる。全体論的教育(holistic education)を目的とする教育は戦前からの歴史があるけれど、この苦痛の存在について意識しながら全体論的教育について議論している人はあまり見かけない(上智でお世話になった、宗教教育の専門家の方々の場合に、むしろ見かける)。

特に昨今の自己責任論を背景に強化されている、相手の存在価値を値踏みしたりランク付けしたりするためにテストの合否をつけたりテストスコアを競わせたりするような「伝統的評価観」が、どれほどの苦痛を児童生徒に与えているかを歌う楽曲はそれこそ80年代で言えば尾崎豊の楽曲群などにも顕著だが、ここにあげたNeru「ロストワンの号哭」や呪術廻戦のOPとしても著名なEve「廻廻奇譚」にも歌詞を読めばその「苦痛」や「呪い」にいかに現代的に抗おうとしているかは、一聴瞭然だと思う。

また、Civilian「ぜんぶあんたのせい」はこの全体論的な苦痛を若手教師の視点から歌ってくれている気がして、勝手に共感してしまった。念のために書いておくと、これらの楽曲をそういう視点からだけ切り取りたいわけではない。これらは単純に桐田が好きな楽曲群であって、純粋にめっちゃ格好いいと思ってカラオケで歌いたいとも思っている一方で、ここに書いたようなことも感じながら聴いているということなのだ。

自分も高校時代に自己責任論を振りかざされてかなり生きづらかったし怖かったけれど、あの時よりもいっそう真綿で首を絞めてくるような世間になってきている。サブカルチャーからは苦痛の原因として語られるほかない教育からできることがあると願いたい。総合・探究はその意味でも児童生徒も教師も自分の生きる筋を追求し自分の「声」をあげられる機会にしたい、してほしい。

学校の中に渦巻く苦しみと痛み

子どもも大人も「呪い」を自覚することは難しい(呪術廻戦0参照)

垂直的承認の困難

推論主義について知りたいと思って、『ブランダム 推論主義の哲学』(白川晋太郎・著)を拝読した。文章も洒脱で面白く、推論主義から世間の面倒さに焦点を当てていく独自性も興味深かったし、すでに事例も報告されているように推論のネットワークに基づく言語使用から意味の規範性(この言葉はこの意味で用いるべきとする社会的ルール)について明らかにしていく点で教育学(特に教科教育)への応用が効きそうで、まだ全てしっかり把握したとは言い難いながらも自分自身いろいろと応用可能性の妄想を膨らませていくことができた。

ブランダムはニュープラグマティズムの旗手で、近著としてヘーゲルの『精神現象学』を自身の提起した推論主義(inferencialism)から解釈した相互承認論などを論じている『信頼の精神』(A Spirit of Trust)がある。一度ツイッターか何かでその大著ぶり(800頁超)を拝見して以来いつか読みたいなと思っていたのだけれど、白川さんの著作での解題を読むにかなり教育学的にも重要な議論をされているのだなということがわかってありがたかった。

特に、相互承認モデルがそのままでは無限後退に陥るという点は身近な実例も含めて確かにと頷いた。相互承認モデルは端的に言えば、AさんがBさんの資格を承認し、BさんがAさんの資格を承認する、つまり自分は相手の、相手は自分の資格を承認しているということを、AさんとBさんが互いに承認しあっているという形式が基礎となる。

相互承認の一つの具体例は「契約」だ。例えばAさんがある企業の経営者Bさんの書いた社員募集のチラシに書いてある必要な資格や労働形態の欄を見て、これなら自分も働けると思ってやってきて、履歴書などを元にBさんに面接してもらい、契約を結ぶことで働き出せるという今や日本でも日常的になったやりとりを思い出してもらいたい。これはいうまでもなく、法のもとにAさんに労働する権利と資格、Bさんに雇用する権利と資格が付与されているからできることであり、法の下の平等がなく生まれ育ちで一生の資格と権利を決めて、個人の自由な生き方を簒奪していた数百年前の封建主義時代には考えられなかったことだ。

しかし現代においてもすぐ思いつくように、互いに法的な権利や資格を持っていると認め合っていても先に進めないことがある。相互承認は法のもとの自由を持つ権利的主体として互いを認めあうという近代の出発点ではあるけれど、その後のゴタゴタをどうするかという問題は、ヘーゲルも考えた通り単に法のもとの自由を確かめ合ってお互いの自由を認め合っても、なかなか前に進めない。同じ法的・権利的主体でも、経営者としてのAさんと労働者であるBさんにはそれぞれ異なる資格・権利が与えられていくが、労働争議などに見られるように、互いの権利を尊重した上での調整はむしろ必須だ。

そこから先は、岡山大でヘーゲル哲学を通じた社会哲学の研究をされている竹島あゆみ先生の議論を参考に述べるなら、自由かつ平等に同じ権利と資格を持つとみなしあった個人同士の「水平的承認」から、自由で平等な権利と資格をもとにそれぞれ異なる専門性や役割を社会の中で獲得していくことで生まれていく、指令を出す人と従う人というような異なる権利と資格を持つ人々からなる社会全体の中での「垂直的承認」の可否も問われてくる。

例えば、ある会社のある部門で働くCさんは自分と同等の資格を持つ同じ部門の人々からその仕事の良さや正しさを承認されており、その意味で十分に仕事を行なっているし、会社全体のために正しいことをできていると思っているとしよう。そして、他の部門の人たちも、同様に感じているとしよう。

一見この会社では万事がうまくいくように思えるが、資格を分け職能を分けて行く部門化(分業と専門化)のすえに、逆説的に他の部門の仕事の良さや正しさを判断できる専門性がない人たちが同じ会社の中にどんどん集まってくるという事態が起きてくる。

すると、ある部門がよそから見れば悪いことに見えても実は良いことをしていたり、一見良いことをしているように見えても実は悪いことをしていたりしても、その正しさや悪さをきちんと判断できる資格がその部門に勤めている人たちにしか与えられなくなっている以上、部門を超えて互いの実践の正しさを相互に承認しあえることはどんどん難しくなっていく。

そして「よそからどう言われようと、うちはずっと良いことをしている」という内輪の確信によって、部門の内側から見れば善でも、会社全体的には「偽善」であるような実践が維持されていく。すると、うちは良いことをしているのに、他の部門の人々が悪いことをしているので会社全体が悪くなっていくという議論を「誰もが」するようになっていく。

こんな状況でいかに部門の上下(垂直性)を超えて互いの資格とその実践の正しさを吟味し、互いの誤っているところを指摘しあえるのか、そして互いにその過ちについて指摘する「資格あり」と承認しあえるのか。これが問題だ。そしてこれは本当に企業経営、組織経営でもよく問題になることだなと、末席ながらベンチャー、メガベンチャー、NPOなどの組織で働いたことのある身として実感する。

しかも、上述の文章の「部門」を「産業」に、「会社」を「社会」に変えれば国家内の社会経済システムについて、また「部門」を「国家」に、「会社」を「大陸」などに変えれば国際情勢について当てはまることが理解できると思う。

これらの垂直的承認の困難は、ブランダムの推論主義の考えを参考にするなら、自身の誰々の実践を正しいとみなす態度を超えて、過ちを修正できる可能性をいかに担保するかといういみで、「態度超越性」や「客観性」の問題として議論できるものと考えられる。結論から言えば、結局は外部の人を巻き込んだとしても(時代的な限界などを含め)絶対的な知識の正しさは現時点で誰も保証し得ない以上、相互承認は常に2者間を超えて拡張していく歴史的な運動性を持たねばならない。内輪で「これは戦争でなく、軍事作戦だ」と相互に承認できたらその実践の正当化は終わり、には決してならない。

その拡張の方策として白川さんの著作で挙げられているものとしては2つある。1つは、例えば人は(自分を単に認めてくれる人でなく)本当に資格を持つ人にこそ承認してもらいたいと願う「承認欲求」があるという概念をおくことで、2者間で相互承認を洗練していく根拠をつくる。もうひとつは、今の私たちが過去の人たちにとって正しいと思われていたが実際は誤っていた実践を思い出すとともに、未来の人たちにも今の私たちにとって正しいと思われていたが実際には誤っていた実践を思い出してもらえるようにしておく。

つまり、その推論がどのように間違っていたかを「発見」し、過ちを「修繕」(repair)し、その修繕したことを含めた過去の過ちを実際に起きた「歴史」として「想起」(recollection)してもらうこと、そしてその過ちを過ちとして認めた上で時代を超えて互いに「赦し」を行うという「倫理的態度」を醸成していくことによって、相互承認を拡張していこうとする。

後者の「修繕」と「想起」はデューイ的には探究そのものであり、倫理的態度の醸成に至ってはもうコミュニケーションの様々な障壁を取り払っていくプロセスといういみで教育そのものと言えそうだ。しかし近代教育の器としての学校もまた一つの近代社会であり、近代的社会制度である以上、教育委員会、管理職、教員、あるいは理事、管理職、教員というような垂直的なシステムはしばしば生み出されてしまう。その上で、互いにその地位に立つ資格と権利を相互に承認できるかという「垂直的承認」の困難は常についてまわるだろう。

つまり、子どもが相互承認についての教養を身につける以前に、そもそも近代の分業社会で生きる人々誰しもがその垂直的承認を行うことのできる知識や態度を身につけること自体、制度的に困難なのだ。さらには、教育システム内部に限っても学歴や偏差値などの垂直的な格差を設ける伝統的評価観を背景に、教育格差が広がり続ける一方だ。

社会システムの方を見ても、市民相互の水平的な承認を維持するために設けられたはずの垂直的な社会システムが、まわりまわってその垂直的な社会システムの特権的な地位に立とうとする権威主義的な政治家や経営者を生み出してしまい、その地位に立つ「資格」を問うことが国民や職員にとって困難になる社会システムをこっそりと作り出してしまうことすらある。

2つの大戦に見られたように、法的な平等のもと選ばれた国の運営者が、デマや扇動、思想弾圧を介して社会システムを誘導し、数多くの実務にあたる兵士として子どもも若者も等しく徴兵し、特定の民族集団や職能集団を排除したのは敗戦国でも戦勝国でも等しく起きたことだ。ポストモダンの思想はこの水平的承認を生み出す「法」もまたひとつの暴力であり、それによっていかに垂直的な不平等(承認の拒絶)が隠されやすいかを明かしている(ex. ベンヤミンからデリダのルート)。

弱肉強食などの誤った自然主義的な思想(実際には自然の中には弱肉強食の単一のヒエラルキーがあるのではなく、循環的で調整的で多元的な生態系がある)を退けつつ、生存権を相互に承認しあう「市民」と、その生存権の部分的放棄を相互に承認し合うことになる「兵士」という矛盾する存在を社会の中に同居させる、法の垂直的な社会システムを生む暴力性をも、考えなければいけないのである。

竹島先生の論文にあるようにヘーゲルもまたこの垂直的承認の困難を前に、もはや承認ではなく自身の過ちを自ら告白し、互いにその過ちを赦し合おうとする「和解」というキリスト教的概念に訴えていたことや、その後のハーバーマス、ホネット、ブランダム、ピンカード、ピピンなどの承認論の深まりも併せて考えていかねばならないのだが、この垂直的社会システム自体がもつ困難を単に垂直的な格差のある立場にある個人同士が相互に承認し合うことを切り口にしても前に進めないということだけは言えると思う。

2022/2/25追記:元のポストは「相互承認はなぜむずかしいか」だったのだけれど、ロシアのウクライナ侵攻を前にして、改題し、加筆修正した。

生活と自己を描き出すジャズ、ヒップホップ/ブルーノート・レコード ジャズを超えて

ブルーノート、と聞けば、青山にあるあの青いドアが思い浮かばれる。高校時代に学校をサボっては岡本太郎美術館に何度も行ったその道すがら、そのドアをくぐり抜ける日を夢見ていたものだった。と言って、まだその夢は実現していないのだが。

このドキュメンタリーが描き出しているのは、アフリカン・アメリカンの若者たちがなぜジャズをしていたのか、その音楽に惹かれてアメリカにドイツから亡命してきたユダヤの血を引く二人の男性がなぜジャズ・プレイヤーたちに「自由」を与えていったのか、そしてそのジャズの文化がいかにヒップホップに受け継がれているのか、だと感じた。

ジャズではプレイヤーの一人ひとりにソロがある。ソロがあるだけでなく、ともに音楽を奏でコミュニケーションをとりながらも、互いに独立したリズム、メロディを生きることができる。たとえ誰か一人がミスをしてしまったと思っても、それを楽曲として正当な流れに変えていくことのできる、即興的でコミュニカティブな「生き方」としてのジャズがそこにある。

ジャズがそのような音楽を紡ぎ出した背景には例えば、スラムが即興的でコミュニカティブな生き方が求められる場でもあったということもあっただろう。であればこそプレイヤーたちは、ジャズをプレイしたかったのかもしれない。そうした場から匂い立つ危うい香り、行き交う人々の言葉の温度、通り過ぎる風の冷たさ、総体として浮かび上がってくる喧騒を、往時も現在もクラシカルな音楽に感じ取ることは非常に困難だろう。

ジャズには「自分の生活」が活写されているという感覚。一音楽ジャンルとしてのジャズではなく、「生活」を活写するものとしての、いわば人文学としてのジャズ。一つひとつの楽曲がどのような生を活写しているものであるかという問いを手元に置きながら楽曲を注意深く聞いていくなら、その音の流れの根底でゆらぎようなく露わになっていく、プレイヤー自身の人間性の確かさ、不確かさが現れてくるように思われる。

この映画を視聴しながらその人間性について非常な感銘を受けたのが、遅ればせながらというべきだろうが、セローニアス・モンクだった。生活の活写というよりもただ自分自身でいることを謳っている楽曲の流れの中に、こちらを感動させようとしたり次の楽想を予期させておいて導こうとしたりするような、他者を音で支配しようとする感覚が微塵もない。

THELONIOUS MONK “Blue Sphere”

自分達のルーツ、自分自身が歩んできた道のりに広がっていた風景に単なる郷愁でなくアイデンティティを根付かせながら、他者を支配の対象とせず互いに替えの効かない自己を生き合うということは少なく見積もっても民主的な社会にとって重要な態度だ。スターバックスなどの巨大なコーヒーショップで流れてくるジャズ風の音楽を、単なるバックグラウンドミュージックとして受け取るのはもったいない。アメリカ近現代社会の生活を想起したり、ひいては自己の生き方についての哲学を教わってみたりするのも、一興ではないだろうか。

教育の独立性

麻布中入試の「難民問題」が反響、大人も舌を巻くほど「すごい」「入管職員も受けてみて」|弁護士ドットコムニュース | https://www.bengo4.com/c_16/n_14078/

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これぞ社会科教師!と呼びたくなるようなテスト。こんなこと小学生に問うのは酷だと言われるかもしれないが、むしろ六年生こそ教科として歴史や公民に触れて日々のニュースなどから告げられる社会の有り様もより広く見えてくるようになり、教科書の中に書いてある理念とのズレから玉石混交のネット記事を読み問題意識も持つ頃だから、適切かつドンピシャだと思う。

自分の参観した長野の公立小での授業を振り返っても、日米の沖縄戦を1日ずつ辿っていきながら日本軍、米軍、沖縄の人々の三つの視点から資料を読み込み熱心に議論する社会科の授業を、子どもたちが率先して創り出していた事例もある。一人だとむずかしいことも、友達とともに臨めば存分にやれる可能性は多いに生まれてくるのが学校の面白いところ。

さて、テストからはコンテンツ暗記の精度を問う銀行型の教育から、いち生活者、当事者として課題を特定し解決するために知識を活用し自分の声を社会にあげられる教育へとシフトしていくぞという製作者の気概のようなものを感じた。受験産業のなかに押し込められてしまっている学校であればこそ、そうした教育をしなくては、この学校を経て向かう先に見据えられている官僚コース、政治家コースのことを思うと、国も地域も人も壊れていくという危機感すら感じる。

教育は、変動する社会の後追いをするのではないし、エリート主義的な立身出世のためだけにある選別装置でもない。学校側もそんな装置にされるのは不本意だろう。変動する社会に絡め取られず、それを見据えて変えていくことのできる人間性をあらゆる子どもたちに公正に、粘り強く育てる。カントの言うような教育の独立性がそこにある。

自分の周りでも、過渡的なものとは考えたいが、エリート主義へのバックラッシュが起き始めている。近代そのものが持つ官僚主義、メリトクラシーゆえにそれは無理からぬことと感じつつも、これを安易に非難することなく、ともに乗り越えていく視点、社会的実践を創りたい。

いくつかの可能性があるが、一つは選別装置としての高等教育とは別に、一人一人が民衆として学び合える場を作ることの重要さを看破したグルントヴィ、もう一つは銀行型教育を批判したフレイレ、そして自分の専門の一つであるマキシン・グリーン。彼らと彼女の視点の先にあるものを一言で言えば「周縁化」だと思う。不当に周縁化されることのない社会を作り出すための土壌を、教育は練り上げることができるのであり、事実そうしてきたという自負を持つことが必要だと思う。

このことに関連して、Artsyで取り上げられていた、アメリカのマディソン・スクエアで公開されているヒュー・ヘイデンの新作についての記事(Hugh Hayden’s Striking New Sculptures Take on the Inequities of Public Education)が示唆的かもしれない。以下に抄訳する。

「世界各地において、教育と公平性と経済は切っても切れない関係にあり、また、教育は不公平や不公正に対する最大の武器であると広く信じられている。先日、ニューヨークのマディソン・スクエア・パークで発表された彫刻家のヒュー・ヘイデンの新作「Brier Patch」は、世代を超えて続く貧困に対する第一の解毒剤である質の高い公教育を受けることができるのは誰か、そしてさらに重要なことには、それを受けられていないのは誰なのかと問いかけている。

木を主な素材とする38歳のヘイデンは、公園内の4つの芝生のうえに「教室」を作るために、学校の机を100個製作した。机は1970年代に戻ったかのようなデザインで、褐色で生々しく、保護用のマルーン色の樹皮が剥がされているが、これらのログウッドはニュージャージー州のパインバレンズで伐採されたもの。机から出ているのは、葉のない、ひょろひょろとした木の枝。そのあまりにも不毛な姿のため、二度と花を咲かせることのない永遠の冬の状態にあるのではないかと思われてならない。近くで見ると、木の枝と机の見事な融合に魅了されてしまうが、これはヘイデンの熟練した彫刻家であることの証明と言える。彼は、過去と現在、有機物と無生物の間に談話を作り出しているのだ。

(…)ヘイデンの視点では、枝はアメリカの公教育の特徴となっている官僚主義的な迷宮を示し、雑木林はアメリカンドリームを阻む障害を象徴している。かつてはどこにでもあった、より良い生活を約束するものが、実現するのが著しく困難になっている。

ヘイデンのスタンスは正しいが、彼自身の教育へのアクセスや学問的な経験は、この最新作で取り上げられているものとは対照的である。ダラス出身で教育者の息子であるヘイデンは、英才教育やイエズス会系の私立高校に通い、アイビーリーグのコーネル大学とコロンビア大学の卒業生でもある。この差別化が、アメリカの教育における格差がいかに深いかを、特に個人的な方法で鋭く浮き彫りにしたのかもしれない。」

探究はヒトの過ちにもとづく

5年ほど前になるか、こたえのない学校のLCL(Learning Creators Lab)の1期のころ、探究という概念の系譜を知りたいということで自分なりにまとめてみたことがある。その結果自分なりに理解したことは、いわゆる伝統主義も進歩主義も、一人ひとりはたった数年〜数十年単位の寿命しか持たない葦のような人間の、自分の置かれた環境との関わりの中で「問い」を提起してきた「探究」のプロセスのなかで蓄積されてきたものということだった。

以下はそのまとめを自分なりに図表にしたもの。いま見ても矢印が多方向に伸びて読みづらく資料としての体裁をなしていないように思うけれど、それでもこんなふうに一度ざっとでもアイデアのつながりとその流れを確かめたことで、その都度新たに論文や著作を読んでいくときの素地を作り上げることができたように思う。

よってこの資料の使い方としては、是非ともこの資料を「正解」とすることなく、興味のある哲学者や教育者を探してみたり、その興味のある人間から伸びている関係性を探ってみたりして、自分なりの発見に繋げていくための跳躍台のようなものとして用いられることを推奨したい。

自分もこのマッピングをもとに教育という営みの探求をし続けていく中で、伝統主義的な授業の流れ(導入、展開、終末)の元になったヘルバルトが生徒の「興味」を重視していることや、教科書や指導案に使われている用語である「単元」(unit)という言葉を発案したチラーが「活動のまとまり」という意味でこの言葉を発案していたことなどを知ることができた。日本の教育者や教育学者たちの先見の明も課題も、比較思想的に辿ることができるようになった。

デューイも『経験と教育』や『民主主義と教育』で述べているけれど、伝統主義と進歩主義、教科と活動というような見かけの思想的・主義的な対立に惑わされないで、世代を越えた人間同士が知的かつ情緒的にコミュニケーションを取り合うという教育の営みを見つめるなら、それはある日いきなり神様から賜ったような営みではなく、社会的かつ歴史的に、地球の様々な地域に生きた人々の「経験」(experience)に基づいて次第次第に構築されてきたものと言わざるを得ない。

つまり、ヒトが自分たちの経験に基づいて教育実践をなぜ新たに生み出せてきたのかといえば、自分なりに好奇心や課題感を持って試行錯誤をして、他の人間たちとコミュニケーションをとり、ともに振り返りながら実践を改良し続け、その実践を共同体の中で(記録したり記憶したりして)共有してきたから、つまり探究してきたからに他ならない。

その意味でこの自分なりに好奇心や課題感を持って試行錯誤をして、他の人間たちとコミュニケーションをとり、振り返りながら実践をしていくというプロセスを踏んで、子どもたちと一緒に授業作りをしてきた、一部の日本の目立たないながら良質な実践を創り出してきた先生たちこそ実はとても探究的な実践者だ。

そんな先生たちは、表面的には講義的であっても実のところは双方向的に学習環境を整え、自分と同じように子どもたちにもその好奇心と課題感とともに試行錯誤とコミュニケーションをとる余地を生み出している。

そんな先生たちがたくさんいる日本の学校で、探究的な学びがより一層根付いていって欲しいと思う。しかしその願いが、上述したような思想や主義、伝統等の対立で叶わなくなっていく様を近頃散見するようにもなってきた。この資料を共有する背景には、そんな危機意識もあるんだろうと思う。

以下は余談だが、この図を作っているときに一番感動していたのは、古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトス(万物流転を見出した人として有名)の、「ヒストリアー」という言葉を用いた自己探究についての言及を発見したときだった。彼の著作は残念なことに断片しか残っていないけれど、「私は自己を探究した」という一つの言葉が残っている。

ヒストリアーは今でいう探索(search)、そしてどちらかといえば歴史的な探索という意味合いが強いが、紀元前に生きた1人の人間が自分のことを歴史的に探索した──自分の生きてきた道のりを振り返りながら確かめていった──という言葉の重みを思うと、その重みを受け取らなければいけないと感じてしまう。

さらにこの言葉の意味合いが歴史的探索だけでなく、人生を通じてなんらかの理念を追求(pursuit)していく意味合い──自ら問うというより、問いに問われて、自分の考えや行動を改めていく追求のプロセス──を持ち始めたとき、ギリシアに哲学が花ひらいたと思うと、一層その想いは深まる。(興味のある方はぜひ納富先生の「ギリシア哲学史」を参照ください)

その分、歴史が繰り返しつつある今の各国の政治状況、社会状況、教育状況を、上図のアイデアを生み出した当人たちが目の当たりにしたらどう思うだろうか、とふと考えてしまう。一方で、既に亡くなって70年近いデューイが述べたように、探究は「可謬生」(fallibility)、人間が常に過ちを犯しうる存在だということに根拠を持つということを思えば、一層探究的な視点に立つ教育実践や社会制度が必要だとも考えられてくる。

過ちを絶対に犯さない人間や、全知全能な人間が存在しているとすれば、また普遍的な真理がもし仮にすでに確定しているとすれば、探究する過程は必要ないものとして捨て置くこともできるだろう。しかし自分は探究をしない、探究は必要ないという言葉は、この可謬性という視点から見ると非常に危険なものに映る。

探究的な学びは、誰もが可謬性のもとに平等であるという認識を一人ひとりの子どもと大人に培っていくものでもある。平たく言えば、誰もが凸凹しているし、間違うことも失敗することもあるけれど、やり直せるということがみんなにとっての「当たり前」になっていく。そんな風通しの良い場所に暮らせる日を、創っていきたい。

学習の個性化はなぜ見落とされるのだろう

探究や個別化・個性化、という行政化された概念へのバックラッシュ(反動)がじわじわと起きている印象があって、非常にもどかしい気持ち。総合的な学習の時間の時と同じように、バッドケースだけが喧伝されて結果的にみんなの首がしまるような事態は避けたいと思うが、なかなか無力感に苛まれている。

端的に言えば「探究」という概念は単にさまざまな様式で喧伝されている探究型の授業を指し示す概念ではないし、「個別化・個性化」(personalization, individualization)はいわゆる自由進度学習や習熟度別学習といったインストラクションの手段のみを指し示す概念ではない。

講義形式だろうと、ワークショップ形式だろうと、児童生徒、青少年だろうと成人だろうと、何かを学習しているとき、その学習の過程はどのように生じているのかについての仮説的な概念の一つが「探究」(inquiry)。そして、その学習の過程がどのような性質を持ちうるのか、どのような条件下でより適切に学習という出来事が起こるかについての仮説的な視点の一つが、「個別化・個性化」だ。

そのほかの仮説・視点と並べてみれば、その仮説性がわかりやすくなるかもしれない。探究の他には、例えば「注入」(indoctrination)、「構築」(construction)、「社会的構築」(social construction)がある。平たく言えば注入は「言えばわかる」「教えたんだから伝わっているはず」という考え方だ。「構築」は例えば説明書を読みながらあーだこーだ言いつつ試行錯誤しながら家具を組み立てる時のように、すでに誰かの心の中にあるアイデアの仕組みを自分(たち)なりに組み上げていく時間と試行錯誤を大切にするという考え方だ。

社会的構築はこのアイデアが社会的に共有されているはずという前提を持ちつつ、推し進めればそのアイデアは誰かの心の中になくとも道具やモノの中に埋まっているものも含めると考えるところまでいく(植物の葉っぱの形や動物の身体の形を参考にして、優れた道具ができてきたように、アイデアは人間の心の中にだけあるモノではない)。

そのなかで探究は自然主義的な立場に立って、⑴環境と有機体との間の相互作用、⑵共同体の間での相互作用、⑶共同体の歴史的な経験の連続性に着目する。平たく言えば、動物も人間(という動物)も環境に働きかけ、働きかけられたり、また集団として働きかけ、働きかけられていくなかで、さまざまな思慮深い行動や知識を獲得してきたのであり、学習も教育もまずこの環境の中で同種・異種の声明とともに「生活」していく時間の上にあらゆる行動や知識は培われてきたモノなのだと捉える。

この視点が集団であろうと個人であろうと変わらないところが、個人的にはとても好きなポイントだ。要は、赤ちゃんも、子どもも、まず自分なりの生活と暮らしを生きているのであって、その生活に基づいて学習も教育も行われるのであり、その逆ではないという考え方(自然主義)に立つ。だから学習や教育に探究的な視点から携わる限りは、こどもたちや大人たちのその生活圏内にどのような環境があるのか、その環境とどんなふうに関わっているのか、働きかけられているのか、という経験の流れを見つめていく必要がある。

以前、この経験の流れのことを別の視点から書いたブログ記事があったのを思い出したのが、この記事を書く動機の一つになっている。
もう一つの動機は、こちらの記事を読んだこと。ここでも、指導の個別化に傾きがちになることで、こどもたちの生活が見過ごされてしまい、学習の個性化を支える視点や手立てを考慮する余裕がなくなってしまうことが丁寧に語られています。

また探究の中にも、「冒険」(quest)、「旅」(journey)といった比喩的なものから、「構造的」(structured)や「選択的」(guided)、「自律的」(free)など児童生徒の選択の幅を次第に広げていくさまざまな種類がある。さまざまな学校を参観した限りでは、熟達した日本の先生の授業の多くは、この探究の次元を融通無碍に行き来している講義形式で協同学習の要素を取り入れたインストラクションとして整理しうる。

その意味で、「差異化」(diffrentiation)のうまい先生がいわゆる授業のうまい先生として形容されているように思う。教室にいる児童生徒全員が達成できそうな協同学習の目当ては設定しつつも、個々のニーズ(こぼれ落ちてしまいそうな子ども)への対応が可能なようにさまざまな手立て(プリントや掲示物での工夫、学習のマイルストーンの置き方、グループワークの仕掛け、時に他の特別教室との連携)を用意しておく。指導案で言えば「留意」「注意点」の欄に書かれていることが自然とできている先生というイメージ。

だからこそなのか、学習の個性化というイメージが日本の先生には抱きづらいのかもしれない。以下の資料や著作を見ていただければとも思うが、個性化は「個人」の個性的な認知の仕方が出発点だ。指導の個別化のみなぜ喧伝されていくのか、そしてなぜ公教育では一斉指導やカリキュラム(教科書準拠)通りの授業をしなければならないという「思い込み」がこれほどまでに根深いのか、日本の伝統的な公立校での探究的で個性化・個別化教育の実践が公教育中の「例外」とされるのはなぜなのか、調査をした方が良いのかもしれない。

中教審資料「個別最適化された学びについて」(上智大学 奈須正裕)https://www.mext.go.jp/content/20200727-mxt_kyoiku01-000008845_4.pdf

『ワードマップ 認知的個性―違いが活きる学びと支援』

生活と知識が両輪で進む学校

よく奈須先生が「学校で本気で暮らせばいいんですよ」「教科は日常のなかの非日常ですから」と告げている場面を著作や校内研などで見聞きするうちに、なんとなく自分のなかで出来上がっている考え方がある。

それは「暮らす」「生活する」という言葉を牧歌的なものとか這い回る経験主義的なものと見なすのでなく、以下の二つの概念の具体化として理解するという立場。

その概念は生活陶冶と生活世界。前者はペスタロッチ、後者はフッサール。生活世界について端的にいうと、生活世界とはさまざまな知識あるいは教科領域(自然、心理、論理、数理、物理、化学、歴史、経済、芸術など)が、極めて素朴に、有機的につながり合っているというイメージ。

例えば料理ひとつをとっても、古文や小説のなかで重要な物語の起因となっていたり、その味わいひとつとっても複雑な化学反応で成立していたり、人間のさまざまな感覚器官がその味の成立にかかわっているだけでなく健康の維持にも関わっていたり、またそうした味わいをもつ料理が生み出される歴史的文化的背景があってそれらがその地域の人々のアイデンティティ形成にも関わっていたり、またその料理が商品として売買されるに当たっては経済的地理的要因が絡んできたり、人々と一緒に食べる際には国ごとに風習やマナーや倫理と絡んできたりする。

この生活世界の内側で成立している独特な関わりを、しっかりと認識する各教科固有の知識とものの見方や考え方をきちんと教えることで、暮らしのなかでは見えてこなかった繋がりを認識させ、主体的に(=本気で)生活を更新していけるのが生活に根ざした教科教育者の利点であり、その利点によって資質能力を培うのが「生活陶冶」、つまり「本気で学校で暮らすこと」だと、個人的には思っている。

そしてしばしば言われることだけれど、生活陶冶はどんなひとでも、どんな知識や資質能力であれ、事実上、物理的にかつ心理的に「自分の身近なもの」、いわば「手元にあるもの」を通じて学習され教育されるほかはないという原則の話でもある(たとえリモートで、自分の知らない知識について学ぶとしても、手元のPCから、そしてその子のすでに知っている知識を頼りに進められるほかはないという意味で)。

また、ペスタロッチ研究のなかでも言及されているように、原則としてここでいう生活は、「あらゆる陶冶手段を包括する」家庭的な生活のことであって、「社会生活」のそれではない。

家庭とは狭い関係性ながらも、料理ひとつをとっても料理を作るのも、食べるのも、キッチンを整理するのも、あらゆる活動を自分(たち)で実践する必要があるとともに、(単なるルーティンにするのでなく、より自分たちが心安く暮らしやすいようにするため)その実践を改善していくなかで具体的な資質能力がじつは問われる営みだ。

そして幼児さんたちを見れば、生活のなかで自分ができるようになりたいことにどれほど動機付けられているかがわかるだろう。この動機をエンジンに、一人一人の生活世界を豊かに広げていくとともに、また確かな生活実感という基盤の上で知識を伝え生活実践を改善していくことで、その知識はどんなときに使うものかという文脈を理解することができる。これは活性化された知識に他ならず、言わずもがな大人になっても活用できる知識をに他ならない。

なんのために学校で知識を教えているかと言えば、(いろんな目的論はあるけれど)誰もが周囲の人と関わりつつも、根本的、事実的にはその生まれた場所で、その経済的環境のなかで、子どもであろうとも自分一人で、上手い下手に関わらず自分を律しながら、そのかけがえのない人生を生きていかざるを得ないためだ。

この冷たく揺るぎない事実があればこそ、社会福祉、教育、医療を含めた「公助」が原則として自助共助に比して優先的に全ての人に対してアクセス可能であることが必要になるという論理が成り立つのであって、逆ではない。(余談だが、この意味で福祉国家の理念は厳しい自然と社会環境の中に置かれた人間存在の孤独と孤立という悲劇的事実からスタートするのに対し、リバタリアンの個人主義は楽観的ですらある気がする)

長々と書き連ねてしまったけれど、世の中に生活実践と知識教授が両輪で進む学校が増えてくれると嬉しいなと思いながら、今日も研究と仕事を進めてまいります。

【告知】教員・教育関係者向けの教育づくり支援プログラム「探究伴走」をはじめます。

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先生や教育に関わる人の授業づくり、学校づくりの相談相手に

今月より、桐田がこれまで主に学校法人や教育系企業様と行ってきた教員・教育関係者への、探究的な学びや総合的な学習の時間、STEAM教育に関連した、授業づくり・学校づくり・教育づくり支援プログラムを1on1のプログラムとして切り出し、提供していきます。

本プログラム「探究伴走」は、こんなかたにおすすめです。
・教科で探究的な学びを実践してみたいので、事例と理論を知っている相談相手が欲しい。
・特色ある総合的な学習の時間を作りたいので、カリキュラムデザインやマネジメントについて相談したい。
・STEAM教育を実践してみたいので、カリキュラムデザインから相談したい。
・教員研修(教師教育)を改善したいので、教師の専門知の掘り下げ方について相談したい。

一方、じっくり1対1で対話しつつ、実際に探究しながら行うため、こんなかたにはあんまりおすすめはできません……。
・一回で全部スッキリ解決したい(モヤモヤが辛い)。
・自分と違う考え方には意味がないと思いがち。
・批判を通じて意見をすり合わせていくことを避けがち。

探究伴走

探究伴走では、対話を通じて教員・教育関係者の方自身がすでに持っている探究的な学びの種(知的好奇心や興味)を拾い集めながら、一人ひとり個性的な学びのプロセスを作り出していけるよう、桐田が日本各地の学校で参観してきた実践事例や、研究してきた理論的知見の紹介も交えながら伴走していきます。

◆スケジュール

月1回オンラインミーティング(60分)
+メール等でのフォローアップ(月1回)

◆価格

6,000円/月(税込)

◆講師

伴走者:桐田敬介
専門は教科教育の哲学、芸術教育の哲学、学校教育学。修士より日本各地の伝統的な学校や、先進的な取り組みを行う学校のフィールドワークを行う経験を持つ。学校の周りをフィールドワークしたあと、授業を参観して子どもたちや先生と授業の深みを一緒に対話することが三度の飯より好き。https://researchmap.jp/keisuke_kirita/

初回に限り、お試し期間を1ヶ月間設けております。ご希望の方は、アンケートにてお試しを「希望する」にチェックをお願いします。

◆申し込みはこちらからお願いします。

息をすること

 深く息を吸って、ゆっくりと吐いて。また深く息を吸って、またゆっくりと吐いて。自分を含めた誰かを落ち着かせたいときに深い呼吸を促すことがある種の慣習になったのは、いつの頃からなのだろう。息が浅くなることは苦痛、不安のしるしであるし、息が深くなることは平静、平安のしるしである。人間にとって息をすることはあまりにも当たり前でことさら注意を向けないものの一つであるとは思うが、風邪をひいたときや心なしか息苦しいとき、無自覚に息をすることができていた尊さに思い至る人も多いだろう。

 考えてみるとさまざまな動植物に共通する「呼吸」という生理的で往還的な動作が、種を問わずその身体の内外を行き来する「息」という見えない概念へと抽象化されたとき、どこか精神的な意味合いを帯びたのかもしれない。身近なところで言えば気息、息災、消息、息吹など、ある対象が息をしているということはその対象になんらかの生命活動が感じられるということとほぼ同義であろう。

 この「息をする」ということが生命活動と同義であるものとして人間の意識にのぼったのは、おそらくは呼吸という無自覚に自動的に行われていた営みが失せたときに生命が消えていくことを知った、その切ない瞬間のことであったろう。そのとき人間は今しがた呼吸をしなくなった身体に触れながら、口元に耳を押し当てたのかもしれない、いつもなら内側から暖かな風が出てくる場所に手のひらを当ててみたのかもしれない。

 「息」という生物の内側から吹く風が身近な生物すべてに共通する生命活動の証左であり、それが失われるときその生命もまた消え失せてしまうのだと気づいたとき、古代の人々にとって息はいわば個体の原理、魂のようなものと思われたことだろう。しかしその身体を撫でてゆく風と空の上で渦巻く大気のありようとが呼吸する息と同一視されたとき、それらは個体を超えて世界全体を行き来する生命の原理にすら思われたことだろう。かつてあの人が呼吸していた大気を、私も今呼吸しているのだというように。

 実際、息と風、大気と生命とを同一視する思想の傾向はさまざまな文化圏を超えてあまりある事例を提供してくれている。例えば古代ギリシア語で「気息」を意味していたpsychē、「大気」を意味していたpneuma、ラテン語で「息」を意味するspiritusやanimusはそれぞれ「魂」や生命の原理をも意味していたし、古代インドのサンスクリット語で「息」を意味していたprāṇa、古代中国で「呼吸」を意味していた氣も天と地の間を行き来する「風」として、世界を構成する生命の原理をも意味していた。

 また世界三大宗教それぞれの聖典において、土塊からできた人間に神が「息」を吹き込むことで人間は生命を得たと語られていることを思うと、息はただ自身の生命活動を維持するために往還されるものというのでなく、例えば人工呼吸の例にも明らかなように、他者の生命活動を維持するために他者の身体のなかに息を吹き込んだり、あるいは吹き込まれたりすることで生命をつなぐ役割を担うものでもあると考えられていたのだろう。

 この意味で私たちの呼吸している息、風、大気を意図的につくり出した超自然的で人格的な存在として構成された神もまた、人間と同様に「息をする」存在として捉えられていることは興味深い。古代の人々にとって人間が無自覚に呼吸していた大気は、他の生物たちだけでなく超自然的な存在もともに呼吸していたものなのだとすると、かつては皆がいわば同じ釜の飯を食べるかのようにその同じ大気のなかで暮らし、互いに息や風を介してその生気を循環させ合うような関係性を築いていたのではないかとすら思えてくる。

  *

 古代から人々は「息をする」というごく当たり前で身体的な営みを起点に、まさに洞察と想像との両翼を広げて自身を含めた世界に行き渡る風に乗り、想像の世界を通して形而上学的に「生命」とはなにか、さらにこれほどまでに世界の隅々にまでさまざまな生命が行き渡っているのはなぜかを問い尋ね、洞察していたように思われる。そしてそうした素朴ながら意義深い「息」への洞察と想像は、今もなお連綿と哲学で展開されている。

 現代の事例を見てみると、「病い」(illness)について哲学的に考察しているハヴィ・カレル(Havi Carel)は、私たちが普段「息をしている」(breathing)という経験の枠内で生きていることがかえって、「息が絶えていく」(breathlessness)という経験を単なる病理学的な症候としてではなく、生理的なもの、心理学的なもの、霊的なもの、文化的なものの繋ぎ目へと変貌させていると洞察している*1。

 確かに息はふつう無意識に生理的に行われている。しかし息を深く吐ききって肺のなかに少しも息がないようなとき、私たちは事実として死に対しすこし近いところに立つことになる。もう一度息を吹き返さない限り、その人は彼方へと旅立ってしまう。私たちが暗黙のうちに理解しているこの命の限界点としての息を見つめるとき、スポーツや武術、ヨーガなどでなされる呼吸法という文化的な模範は、命を事実として繋ぎ止め身体を活性化させていく生理的、心理的安堵感だけでなく、今ここで確実に、この身体は息を繰り返すことができているということを自覚する体験となる。

 息のこの特殊なあり方のためだろう、息をするということは人間が単に事実として生きていることを示す生理的なものとしてだけでなく、文字通り自然と人間の身体、それらが彩る文化的な世界のあいだを媒介するものとしても現れてくる。そのような不思議な存在である息をめぐる「呼吸の哲学」(respiratory philosophy)を構想している哲学者たちの一人であるペトリ・ベルントソン(Petri Berntson)は、「息をするということは一つの、私たちと世界のあいだの恒常的な関係性、恒常的な交換」*2なのではないかと考察している。

 人は大気を含む自然のただなかでそのさまざまな文化を築くために、常に息をしながら、息の仕方を整えることで周囲の世界により良く関わろうとしていく。眠りを終えてする欠伸から、日々の仕事や家事の前の一息、家族や同僚と阿吽の呼吸でルーティーンをこなし、息の合わないところのリズムを整えつつも、安堵のため息から不安のため息までさまざまな息を通じて日々を終えると、穏やかな寝入りの呼吸に向かっていく。それは人が生まれた時の最初の呼吸から、その最期の呼吸まで続く大気の交換のプロセスなのであり、この大気の交換というひそやかな一点を梃子にして私たちは世界と関係を取り持ち続けている。

 このように大気と常に共にある人生の最中で、息が詰まるような関係性が特定の場所とであれ他者とであれ築かれてしまうこともある。誰かが自然と深く「息ができる」ということは、その人と息の合うものや人々が見えざる大気のように周囲に存在していることによる。深く息ができるその大気がすでに周囲にあるときにはそれと見定めることは困難だが、ここではどうも息がしづらい、息が詰まりそうだということを、私たちを活かしている身体は不思議と察知して、自分にとって息のしやすい大気=雰囲気(atmosphere)の感じられる場所へ移動していく傾向があるようだ。

 ともすると私たちは自由の象徴とすら言えそうな風をしばしば屋内に閉じ込め、その流れを悪くし、果ては排他的な空気を作り出してしまう。そんな状況のなかでも人間の身体は新しい風を心肺のなかに取り入れ、新しい息を大気の中に返していくことを自然と繰り返し行ってくれている。私たち自身もまた身体にならい、新鮮な出逢いを自らに取り入れ、新たな想像や想念をこの世界のなかに返していくような呼吸を模範とすべきなのではないだろうか。多様な人々の文化に息づく呼吸を取り入れ、いつも瑞々しさに満ち溢れている風はきっと、その人の帰属や属性にかかわりなく誰もが深く息のできる場所を生み出すだろうから。

*1 Carel , H. (2016). Phenomenology of Illness (English Edition) Kindle Edition, Oxford, UK: Oxford University Press, p.128.

*2 Bertson, P. (2018). Phenomenological ontology of breathing : the phenomenologico-ontological interpretation of the barbaric conviction of we breathe air and a new philosophical principle of Silence of Breath, Abyss of Air, JYU Dissertation, Jyväskylän yliopisto, p.12. Retrieved from http://urn.fi/URN:ISBN:978-951-39-7552-4 (2020年9月4日確認)

参考文献

Škof, L. and Berndtson, P. (Eds.). (2018). Atmospheres of Breathing (English Edition) Kindle Edition, SUNY Press.
Lewis. M. A. (2018). A Voice that is Merely Breath. The Philosopher, CVI(1). Retrieved from https://eprint.ncl.ac.uk/246320 (2020年9月4日確認)