【事業紹介】よはくの仕事のこれまでとこれから(2020年12月時点)

 こんにちは、桐田です。自分が行っている個人事業「よはく」の仕事内容(2020年12月時点)についてお尋ねいただくことがあったので、以下にこれまで行ったもの、これから行う予定のものをまとめておくことにしました。すでに開始しているもの(◯)と、準備段階にあるもの(△)、これから始めようとしているもの(▲)がありますので、ご留意ください。

 もしお時間があれば、事業紹介の終わりに桐田個人で行っている教育・哲学研究や、芸術表現、そして「よはく」として大切にしたいことも掲載しておりますので、お読みいただけると嬉しいです。

<事業>

児童生徒教育事業/ほぼ月1回

△造形ワークショップきょうのアトリエ
哲学ワークショップはじめてのてつがく
 以前から不定期で行っていた子ども向けのワークショップを、定期的に行おうと思います。基本的に自ら参加を希望した児童生徒に限って、それぞれ月1回オンライン(zoom)にて開催いたします。「きょうのアトリエ」では現代アーティストの作品づくりに挑戦するアートプロジェクトを個別に企画していきます。「はじめてのてつがく」では、参加者がすでに持っている問いから始めて対話していきます。今月あたりにお試し版を開催する予定です。

◯障がいにかかわらず楽しめるアートワークショップ「ユニバーサル・アート」(はなうた図工室)
 「はなうた図工室」は、障がいの有無にかかわらず取り組めるユニバーサル・デザインを指向したアート(ユニバーサル・アート)の制作機会を提供することを通じて、重症心身障がい児を含めた児童施設同士のつながりの場を生み出し、アートを通じた多様な児童への支援を可視化していくことを大事にしている任意団体です。
 この理念に共感した、作業療法士、コミュニティナース、言語聴覚士、特別支援学校に勤める教員、スペシャルニーズのある児童の保護者など多様なメンバーが、その業種と立場の垣根を超えて協働されているのですが、光栄なことにこのたび自分も副代表に就任いたしました。「きょうのアトリエ」で実施した、現代アートを児童生徒向けの題材に翻案した「氷が描く絵画」をYoutubeで公表したところから現共同代表の方にお声がけいただきました。最近も新しい題材を構想したりして、ユニバーサルアートとして提供するためにはどんな素材・手立て・関わり方が良いか、実際に試行錯誤しながら一緒に考えていけるのが、とても嬉しく、楽しいのです。

△STEAM探究伴走(※株式会社トモノカイ)
 下に記載している教育支援事業の一環として、トモノカイ様とのSTEAM教育事業で生徒たちの探究の伴走を行う予定です。現在は「超短編SFプロジェクト」が走っているのですが、協働的に探究してくださる関係者の皆さん、そして何より専門的な知見と経験を持つ講師の方の魅力的な問いのお陰で、SFという難しいジャンルながら個性的な発想を武器に挑戦してくれているため、自分のすることはその好奇心の炎をたやさぬよう「火の番をする」ことを念頭において取り組もうと思っています。生徒の皆さんが提出してくれているすでに作品が爆裂に面白いので、星新一賞を目指して探究していく所存です。


成人教育事業/それぞれほぼ月1〜2

▲芸術ワークショップ「芸術小噺」「芸術虫眼鏡」
 ⑴ウェビナー形式でアートセオリー、アートヒストリーについて紹介する「芸術小噺」
 ⑵少人数でアートワークを鑑賞する対話型鑑賞形式の「芸術虫眼鏡」

 こちらはまだ企画段階のものですが、今年度内には上の二つのプログラムについてお試し版を開催する予定です。このプログラムを行う率直な動機の一つに、美術館に行くと大抵抽象的な絵画やコンセプチュアルな作品を前にして「こんなの(俺・私・僕)にも描ける/作れる」という言葉が発される場面に立ち合い、その度にガックリきてしまい、「いや、むしろ誰でも作ることができるようになっているからこそ、私たち市民のアート、現代を生きる人々のためのアートなんです!」と皆さんに伝えたい!という個人的な思いがあります。

 現代アートは、近代以降の、生まれや育ち、国籍や信条、主題や素材、スキルやテクニック等にかかわらず、一人ひとりがその想いにしたがってアートを制作・実践できる「民主化」の流れの中にあり、特に戦後は誰でもがその内心で思ったり感じたりしたことに端を発して、何かを作ったり描こうとしたりできる「思想・良心の自由」「表現の自由」の現れとしてアートを捉えるところから成立しています。

 この、今生きているあらゆる人が実践できるところに現代アートの現代性があるというところから、アートに親しんでくれる人が増え、自分でアートを作っていく人が増えてくれることを願う、広義の芸術教育の社会教育プログラムとして実施していきたいと思っています。

◯哲学ワークショップ「哲学登山」「哲学紀行」「哲学漫談」/▲「哲学喫茶」
 ⑴反転講義+少人数で哲学書を読みあう、オンラインブッククラブ形式の「哲学登山」一般社団法人こたえのない学校 Learning Creator’s Lab 内のオープンラボとして共催)
 ⑵オンライン&1対1で探究したいテーマを掘り下げていく「哲学紀行」
 ⑶社会的事業の作り方・向き合い方や、法人の直面している課題などをテーマにしたオンライン型哲学講演+選書「哲学漫談」(小野田高砂法律事務所 代表弁護士 小野田峻さんが顧問を務める団体の勉強会にて開催)
 ⑷テーマや哲学者について、関心のある参加者を募って読書会を開催する「哲学喫茶」

 どれも、哲学書の中に書かれているアイデアを共有することをきっかけに、すでに参加者の方の中にある哲学的な視点や洞察の種をともに発見していき、それを一緒に探究していくというようなワークショップになっています。反転講義はその書籍から広がる文献のネットワークに開かれて行ってもらいたいと思い、すでにその書籍について深く探究されている論文や二次文献も参照しながら、自分自身新たに学びながら作成しています。

 哲学登山はありがたいことに1周年を迎え、過去3回とも上限まで参加いただき、毎回ほぼ半数をリピーターの方にいらっしゃっていただけました。哲学紀行もゆっくりとですが参加してくださる人が増え、年間を通じて8割の方が継続してくださっています。哲学漫談は社会課題の解決を試みるさまざまな法人の顧問を務めておられる小野田さんの開催されている顧問先の勉強会で不定期に実施しています。漫談自体は10分程度で、そのあとのご感想をいただいた後に、全体で共有されると良いかなと思う主に学術書や教科書、新書などを、哲学に限らず選書させていただいています。

 これらのワークショップに加えて、今年度内には哲学喫茶という自律的な哲学書読書会サークルを作りたいなと思っています。カフェ・プラトン、カフェ・デューイ、あるいはカフェ・デモクラシー、カフェ・フリーダムといったように、同じ哲学者やテーマに興味を持つ人たちが純喫茶に集まって読書をしあうカフェ文化の現代版をやりたいな、と思っています。


教育支援事業

◯教育プログラム評価、総合学習・探究学習・STEAM教育コンサルティング、教員伴走
 ⑴教育プログラム評価委託(佐渡市島スクール事業)
 ⑵カリキュラムデザイン委託(学校法人軽井沢風越学園株式会社トモノカイ
 ⑶探究的な学校づくりのための教員伴走とコンサルティング(学校法人軽井沢風越学園、株式会社トモノカイ)
 ⑷教職員の専門性とその哲学(大事にしたいこと)に基づいた実践のあり方を、協働的に探究する1on1の教員伴走

 整理してみるといろんな言葉が並んでしまいわかりづらいと思うのですが、行っていることはほぼほぼ同じことのように思います。社会教育であれ学校教育であれ、探究的な学びや総合学習、プロジェクト型の学びをつくりたいのだけれど、どうやって作れば良いか教えてほしいという要望をお受けしてから、その地域や学校の文化を伺いつつ、先生お一人お一人が大事にしたいことからグランドデザインを描き、学校目標を作り、ルーブリックを作成し、プロトタイプとなるプロジェクトを作り、実際にやってみて、調整を繰り返していく。

 学校目標となる学びの姿は、具体的であればあるほど良いと思っていますが、それと同時に、さまざまな場面での児童生徒の姿について誰もが職員室で語れるほど適度に抽象的な言葉である必要もあると思っています。このいい具合の「概念化」を通じて、学校や地域で大事にしたいことが言葉としても腑に落ち、児童生徒の個性的なプロジェクトが花開き、個性的で特色ある学校文化が作られていく様子を見るのが、自分はとっても嬉しいようです。


研究・出版事業

◯リサーチ・リサーチマネジメント委託
⑴ガイドライン作成プロジェクト(とどけるプロジェクト

 新型コロナパンデミックにおいて人権を侵害する報道や情報共有が行われ続けており、新聞や報道各社の連盟から声明が出てはいますが、いまだに問題は残り続けています。この事態を改善するために、⑴倫理学の研究者、報道関係者等と協働して主要な概念(「差別」や「平等」など)についての用語集を伴った、⑵国内外の関連論文・ニュースをレビューして具体事例と紐づけたガイドラインを作成しています。まだまだ人員が少なく牛歩の歩みではありますが、学術系のクラウドファンディングなどに挑戦しようと思っています。ご興味のある方はぜひご一報を。

◯雑誌『Tired Of』エディター(レーベル「遊と暇」さんと提携)
 遊びの居場所を耕す雑誌『Tired Of』の編集チームに参画させていただいています。この雑誌を創刊するレーベル「遊と暇」代表の渡辺さんとは、以前子どもの遊び場を運営するNPOに勤務していた折に開催した地域の夏祭りで、土砂降りの雨のなか巨大ピタゴラ装置を作った時に助っ人として来ていただいて以来の不思議なご縁で。今回、子どもや社会福祉、教育の文脈だけではない遊びのいろんな側面に焦点を当てる雑誌を立ち上げるということで、遊び論について何かやりたいということでご相談をお受けしている間に、編集として参加させてもらえることになりました。

 創刊号では『プレイ・マターズ』等を翻訳されたゲーム研究者・美学者の松永さんと『Tired Of』編集長の渡辺さんとの鼎談に参加し、その文の構成と専門用語やキーワードへの注釈も担当しました。注釈は渡辺さんから「注釈芸」と言われるほど分厚くなってしまい、結果タイトルも「注釈の多い座談会」になってしまったのですが笑、どことなく自分らしい文章になったのではないかなと思います。現在絶賛予約受付中です(リンクはこちらから)。

▲教育学の雑誌製作(クラファンor出版社持ち込み)
△教育カードゲーム製作

 雑誌製作はまだまだ本当に構想段階ですが、「フィルカル」という哲学と文化批評を掛け合わせた、研究者たちによる良質な雑誌の先例を見て「教育の分野でもこうした雑誌が欲しい」と素直に感じたことから着想しました。まだまだ翻訳すべき論文や著作はゴロゴロ転がっていますし、学生も教員も講師も現場も多忙になる教職課程や研修では伝え切れていない主要な概念や論点がたくさんあります。現場の忙しさをすり抜けて、落ち着いて教育学について学び合える雑誌を作りたいなと思っています。カードゲームについては、現在哲学カードゲームの製作を企画中です。続報あり次第、共有いたします。


旅行事業

▲学校見学ツアー(現状はオンライン)
 数年前に諏訪市立高島小学校の公開研究会への学校見学&授業分析を学ぶツアーを企画したのですが、そうした企画を再びやりたいなと考え始めています。とはいえコロナ禍が落ち着かない限りは学校へのツアーを主催することは憚られるのと、オンラインでの公開研究会も開催されているので、そうした研究会の広報をしてみたいなと思っています。


<研究>

現象学的-教育哲学の研究

⑴フッサールにおける超越論的観念論と知識の哲学の教育学的意義
⑵マキシン・グリーンの現象学的-教育哲学とカリキュラム研究:社会的想像力を中心に

 具体的な話はまだできないのですが、ずっと心の奥底で「いつかしっかりやりたい」と思い続けて専門の芸術教育研究とは別に真剣に取り組んでいたフッサール現象学の教育哲学的研究を、まず最初に取り組むことにしました。現象学的教育学というより、フッサール現象学が取り組んできた諸概念に内在する教育(学)的意義について考察する予定です。

 意外にも自分がこれまで見聞きしてきた教科・総合学習の授業実践の勘所や、概念に基づく探究やSTEAMといった概念学習・探究学習を実践していて感じた要点が、フッサールを梃子にして考えられるかもしれないと感じたため、舵を切りました。ドイツ語、勉強中です。

 上記の⑴を学位取得論文として、引き続きフッサール研究(特に想像、像意識などのトピックについて)続けていくとともに、⑵をその後実施する研究として位置付けて研究していきたいと考えています。グリーンの「意識とカリキュラム」(Consciousness and Curriculum)など、重要なカリキュラム研究論文の翻訳もしたいな、と思っています。


<表現>

⑴文芸批評:堀江敏幸氏の「散文」について
⑵芸術家の「追体験」:芸術家はどのような表現の世界を生きていたのか?
⑶抽象画:(無題)

 これまで記してきた事業や研究内容は、どちらも自分主体のものではありますが、どちらも他者、あるいは社会を眼差していて、自分はその他者や社会に対してどう関わりたいだろうか、どう関わることができるだろうか、またどう関わるのが良いのかを探る営みであるように感じています。その際に、もちろん人によっては趣味と思われるかもしれないのですが、言語や色彩を通じて自分の感覚や感情の置き所を確かめたり、(多少複雑ですが)自分自身が他者をどう感じ取っているのかについて自覚するための手段としての「表現」が、自分にとっては小さい頃から続いている重要な営みなのでした。

 そんな折、去年ふと手にとって読み進めていた堀江敏幸さんの散文を通じてじわじわと広がっていく自分の不思議な感覚をなんとか言葉にしてみたいと感じて、初めて「批評」に取り組みました。さらに無謀な挑戦ではありましたが、2020年の群像新人評論賞に応募したところ、とても嬉しいことに一次予選通過作品に選ばれていました。自分の名前がそこに載っているのをみた時、思わず雑誌を落としてしまいました(すみません)。批評は実際にやってみると、故 加藤典洋さんがおっしゃっていたように、研究とは違って無手で作品に挑むところにシビアさを感じています。自身がしっかり感じ取れたものでなければ、決して書き表せないし、感じ取れていたものを書き表せるに至るまでにも、大きな困難が伴う。引き続き初心者ではありますが、挑戦していきたいと思います。

 ⑵は、自分の芸術教育研究者としての一面でもありますが、芸術家たちの作品制作を単に真似るだけでなく、その思想や哲学(具体的にはテクスト)を踏まえながら自分なりに制作してみることで「ああ、あの言葉はこの感覚のことを言っていたのかな」とあれこれ(だいぶ手前勝手ではありますが)空想を広げながら、自分の中に新しい感覚が生まれていくのを確かめていくことが好きで続けています。その空想の広がりの中で、「この素材をアレに変えたら子どもも一緒にできそうだな」と連想して、ワークショップを構想しています。

 ⑶は、まだまだ自分なりの主題が見つかっていないながら、ありがたいことにいくつかご購入いただいたり、ご依頼もいただいています。焦らずに、ゆっくり積み重ねていきたいと思います。


・屋号について 

 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。最後に、屋号の紹介です。
 桐田の個人事業の屋号は、「よはく」と言います。
 「社会のなかに、感じる、知る、考える、想像する、創造する余白を生み出そう」
 これが、桐田が「よはく」の事業を通じて大事にしたいこと、です。そして、
 「理論と実践が相互に活きあうデザインを、社会に実装していく
 これが、桐田が「よはく」の事業を通じて実際に形にしていきたいこと、です。

 なぜそんな「よはく」を大事にしたいかというと。普段の生活の中にはない何かを感じたり、知ったり、その何かについて考えたり、想像をめぐらしたり、新たに創造してみたりする時間や空間を大事にすることで、はじめて人は自ら学び出そうと思えたり、自分とは違う相手のことをこれまでの先入観を吟味しながら捉えたりすることができるようになるんじゃないか、という仮説にも満たない思いがその由来にあります。

 例えばひとの人生が一冊の本で、その生活やその過程が本文だとすると、いつの時代も人々はその本文を一言一句書き損じないようにするので精一杯だったと思うのです。失敗してはいけない、書き進められなくなってはいけないと、書き損じてしまわないように気をつけながら、細心の注意を払って文字を認(したた)めていく。周りの人が認めている言葉を自分も書けるようにしなければと焦りながら。

 けれど、その周囲の人々がその生活を通してすでに認めた言葉しか、自分たちが理解できる、あるいは経験できるものがないとすれば、その生活する世界は酷く狭い世界になってしまうように思うのです。その本文は本文として大事にしつつ、その余白に、本文とは別の何かをその本の中に受け入れる余裕を持ちたい、と思うのです。

 もっと厳密に述べるなら、そうした余白を作り出していくことで、物事に対する「直観」(事象そのものの感性的把握、知性的洞察の統合)を大事にしたい、という背景があります。イメージで言えば、ある写真や映像の余白に、(実際は何も書かれていなけれど)それについての膨大な知的洞察が埋め込まれているような作品や、ある著作の余白や行間に、(実際は何も描かれていないけれど)それについての豊潤な印象や記憶が埋め込まれているような作品が個人的にとても好きなのですが、そんな風に感性と知性がいい具合に作用し合っている人間の直観の凄さというか、面白みをもっと体験していきたいということがあります。

 事業でも研究でも表現でも、取り扱っている事象そのものをきちんと十二分に理解していくことが必要になるのですが、そのためには、感性的にそれがどのようなあり方をしているかを捉えていく感覚や感情の肌理を細かくしながら、知性的に想像して実践し考察していくことで初めて創造されていく洞察を深めつつ、それらをしっかり事象そのものについての知識としてまとめていくこと(統合していくこと)が、とても重要になると思っています。

 だからこそ、上に記したような理論づくりとしての<研究>も行いつつ、理論に基づいた実践や、国内外の先行実践から継承された実践を実装していくためのデザイン(<事業>)も行いながら、そうした理論と実践を単に行き来して型にはまったカリキュラムに落とし込むというよりも、感性も知性も存分に働かせて、人々が事象をしっかり把握できるような、生き生きした「経験」へと昇華させていくようなこと(その意味ではもしかしたら研究も事業も、広義の<表現>の要素があるものなのかもしれません)をしたいなと思っています。

 これは私的な感覚になりますが、理論は概念のネットワークの中にあり、実践は人々が生活している世界の中にあるもので、本来別々の領域に存在している、別の国、あるいは地域のようなものなのではないかと感じています。海のために山があるのでもなければ、山のために海があるのでないように、理論のために実践があるのでもなければ、実践のために理論があるのでもない。そんな独立した双方の世界にいわば二拠点居住している身として、「理論と実践が相互に活きあうデザイン」を社会に実装していくことができたらいいなと思うのです。

 上記の業務や研究等に関してご興味・ご関心あれば、以下のフォームからご連絡いただけましたら幸いです。

 

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