【書籍紹介】哲学、登り始めのオススメ書籍

哲学登山という少人数で哲学書を読みあうプログラムを行っていると、哲学の良い入門書を教えて欲しいというご依頼がよくありましたので、入門的に「哲学する」とはどんな感じなのか、哲学書という山はどんな風に広がっているのか、感じられるような本を集めてみました。


1 哲学することを感じてみる

永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み-哲学的諸問題へのいざない』
筑摩書房、2007年


何を隠そう、僕自身この本から哲学に触れ始めました。

著者もおすすめしていますが、この本では翔太くんと猫のインサイトのやりとりを読み進めつつ、「えっ、それってどういうことだろう」と感じたら、ふと読むのを止めて自分で考えてみることが大事です。

そうして、自分なりの問いを言葉にしてみてから、次に読み進んでみましょう。

翔太くんが自分と似たような疑問を持っていてどこか予想が当たったような嬉しさを覚えたと思ったら、哲学猫のインサイトから「君はばかだなあ」と言われてしまってちょっと悔しかったり。

そんなやりとりを楽しく始められたら、もう哲学する感じを味わえていると思います。

ただ、この本が取り扱っている問題は自分が存在するとか、世界が存在するってどういうことなのだろうという、極めて素朴ながら未だ哲学者たちが追求している問いなのですが、これらの問いに親しみを覚えられない場合は、少し読み進めるのがむずかしいかもしれません。


ナイジェル・ウォーバートン(著)栗原泉(訳)
『哲学の基礎』講談社、2010年


『Philosophy bites』という有名な哲学ポッドキャストを配信していて、初心者向けの入門書に定評のあるイギリスのフリーの哲学者ウォーバートン。

この本は大学生〜大学院生向けですが、神はいるのか、道徳的な正しさとはといった様々なトピックについて様々な観点があること、そしてそうした観点が批判を通じて生まれていることが理解できる良書だと思います。

哲学は、いわば「あちらを立てればこちらが立たず」を繰り返しながら、いかにどの観点をも満足させるバランスのとれた物の見方を打ち出すかを模索してきた営みであるとも言えるのですが、こうしたバランスをいかにとるかを探る感じを実感できるのではないかと思います。

ただネタバラシをすると、この本ではバランスの取れた物の見方を教えてくれるわけではありません。むしろ、多くの哲学研究がなされながらも、未だふらふらしているのが実情であり、このふらふらしている状態に耐えながら私たちがいかに新たなアイデアを打ち出せるかを読者に考えてもらう本でもあります。

そんなモヤモヤ感を感じたら、章ごとにウォーバートンのオススメしている書籍を手に取ってみましょう。専門書がほとんどではありますが、自分のモヤモヤに立ち向かってくれている本は、意外に難しくても直感的にわかるものです。挑戦と思って、図書館や書店などでパラパラとで良いので、読んでみましょう。そこから自分に身体に合うものが見つかれば、御の字です。


2 哲学の山脈を見上げてみる

ナイジェル・ウォーバートン(著)月沢李歌子(訳)
『若い読者のための哲学史』すばる社、2018年


『哲学の基礎』に続き、ウォーバートンの著作をご紹介。

本書はエッセイ風の短文ながら、古代から現代まで(しばしば日本の哲学史だと省かれやすい人も含め)網羅的に哲学者とその思想を紹介してくれているので、まずは哲学者にはどんな人がいるのか知りたいという人にオススメです。

特に本書は、それぞれの哲学者たちが哲学が考えてきたトピックについて深めるだけでなく、これまで誰も考えてこなかった側面を見出していくような、特殊なバトンのつなぎ方をしていることを、エッセイ風の筆致でさらりと理解できるようになっています。

バトンのつなぎ方から哲学者を理解していくと、哲学全体が古代から現代まで続く巨大なネットワークになっていて、真理を保有する哲学者がただ一人or数人いるということではなく、常にあらゆる方向からのバトンを受け継ぎながら思索を深めていることがわかってくるので、オススメです。

長文になりますが、ちょっと注意を。こうした網羅的な本を読む時は、単に「へー、わかる」「わかんない」で分類するのでなく、「あ、この人の言っていることわかる、なんでだろう」「この人のはわからないな、なんでだろう」と、哲学者ごとに自分の人生で積み上げてきた思考との距離をその都度振り返りながら読んでみてください。

距離感がわかってきたら、まずは自分と近いと感じた哲学者の著作にチャレンジしてみましょう。入門書は一冊でなく数冊(どの入門書も、その筆者にとっての哲学者像を作り上げているため)、可能なら厚めの新しい研究書も一冊。この場合は積ん読も意義があります。「今なら読めそう」という時が、いつか必ず来ます。

そうして近場の哲学者から始めると、その哲学者に近しい哲学者につながり、その隣にいる哲学者につながり…というように、だんだんと多くの哲学者と出会っていくことができます。しばらくする(桐田の感覚では入門書でない哲学書の登山を5〜10年以上続ける)と、自分のこれまでの人生の中で、素朴に自分が打ち立ててきた思考がどのあたりに位置付けられそうか、地図を見るかのようにわかってくると思います。

この「地図作り」はもちろん一度作成できたら終わりというものではありませんし、過去の哲学者の研究も日進月歩で進んでいる以上、誰しも完璧ではありません。誰もが常に更新の途上です。

ただ、この地図が自分の中にできてくるとだんだん、身近な人々や世間の人々の感覚や感情、思考、信念がどの辺りにいてどの方向に動いていっているか、単なるイデオロジカルな分類(右か左かなど)でない把握ができてくるように思います。私見では哲学が活きてくるのは、こうした「人が考えるということ」そのものへの、配慮ある、暖かで真摯な認識の仕方であるように思います。


貫成人『哲学マップ』筑摩書房、2004年。


貫は哲学を、独特な思考の方法によって蓄積されていく、「問いと答えのアーカイブ」だと提起しています。

哲学は古代から様々な「問い」を発明し、その「答え」も様々生み出してきました。古代からこれらの問いと答えが集積され、保存され、誰でもいつでもアクセスできるように保管されていく(アーカイブされていく)。

このアーカイブにアクセスした人々が、かつての問いを知って新しい問いの立て方を思いついたり、同様に答え方を知って新たな答え方を思いついたりと、古代も現代も分け隔てなく、ともに問いを吟味し合えることが哲学という学問の面白さかもしれません。

また、哲学は「問い」の提起の仕方も独特です。その一つの特徴として、物事を全体的、包括的に捉えて、全てを理解し把握しようとする「全体志向」があると貫は指摘します。

そのほかにも指摘されていますが、こうした哲学の考え方の「癖」を理解しておくと、今後哲学書を読むにあたって参考になるかと思います。

この本を読まれたら、同著者による以下の著作もオススメです。ギリシア哲学やドイツ哲学など、地域で分類されることの多い哲学ですが、当の哲学者がどこで活動したか、年表も合わせて記載されているので初心者の方には手元に一冊あるとお役立ちです。

貫茂人『図説・標準 哲学史』新書館、2008年。


3 哲学的に考える(登る)ことを試してみる

高田明典『難解な本を読む技術』光文社、2009年

哲学の古典とされる哲学書や研究書など、難解な本を読むにあたってとても参考になる本です。

高田の丁寧な分類を通じて、いわゆる「難解」な本といっても、その難解さにはさまざまな種類のあること、その種類ごとに本の読み方や読む構えを変えることで読みやすさがかなり変わることがわかります。

例えば、読者への解釈に委ねる意図で書かれた「開かれた本」では、こちらも想像力を駆使してこの概念でどんな風景が広がりそうか、考えてみる読み方が求められますが、

これを考えや概念をきちんと伝えるべくして書かれた「閉じた本」として読んでしまうと、「何が言いたいのかわからない」とモヤモヤしてしまう、というように。

こうした難解本の分類法だけでなく、自分にとって関心のある本の選び方、本屋での吟味の仕方、読書ノートの取り方、ひいては筆者と同化する(相手の意図を汲む)読みから批判的な読みへの展開の仕方などを紹介するとともに、

実際に難解な哲学書を高田なりに読み解いていく事例も併せて説明してくれるので、本を読んで「むずかしい」と感じた時読みこなすヒントを探すためにも使える良書だと思います。


伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』筑摩書房、2005年


哲学的に考える、といってもそこには様々な立場や流派のようなものがあって、「これこそが哲学(的思考)だ!」となかなか言えないのが実際なのですが、

その中でも哲学入門者から初心者だけでなく研究に従事する人も「批判的」に考えること、つまり意見を鵜呑みにしないで吟味することが哲学することにとって非常に重要であると認めない人はいないと思われます。

なお、ここでの吟味(批判)とは、誰か偉い人が言っているかどうかとか、そうした権威や情報源をかさにきたお門違いな批判(それはむしろ非難ですが)でなく、

論理的に推論して飛躍がないか確かめること、価値観や立場の違いを確かめることなど、ひとつひとつ、絡まった糸をほぐしていくような考え方の紹介に主眼が置かれています。

ちょっと難しめな単語も出てきますが、自分の身近な事例に当てはめながら、焦らず、ふとしたときに読み返したりしてじっくりと読むと「ああ、そうか、こういう風に考えるのか」と腹落ちしていくことでしょう。

この考え方をツールとして、哲学書に書かれた論理や主張を批判的に吟味すると、一層、面白く読むことができると思います。


4 哲学的に対話することを味わう

プラトン(著)渡辺邦夫(訳)
『メノン-徳について』光文社、2012年

昨今では、「哲学対話」や「哲学プラクティス」と呼ばれる、哲学的な問いを参加者の人たちとともに作り、対話し、吟味し合う場が国際的に作られています。

そうした哲学的な対話を教育的な目的で始めたおそらく最初の人は、古代ギリシアの哲学者ソクラテス、そしてその弟子筋でアカデメイアという学園を開き、この本をその学園の教科書として用い哲学問答を行っていたプラトンでしょう。

詳しい経緯は渡辺の「訳者まえがき」「解説」にわかりやすく書かれているのでそちらをご覧になっていただくとして、ぜひ本書で味わっていただきたいのは60代後半のソクラテスと20歳のメノンとの間で交わされる、さまざまなトピックについての自分の思い込みや前提を問いかえし、吟味していく「対話」です。

本書『メノン』はプラトンの著作の中でも特に読みやすいものの一つとされていますし、現代でも探究されているトピックについて対話し合う「戯曲」(演劇)を読むことは、難しい言葉や概念が飛び交うものが哲学だと思われている方にとっても比較的とっつきやすい入り口になっているのではないかなと思います。

ただ、こうした戯曲形式で説明される方がわかりづらい(きっちり論理的に説明してくれた方がいい)と感じる人には、向かないかもしれません。

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